運転資本と現預金の考察

1.はじめに

2023年2月24日のブログ「DCF法における運転資本増減額」で運転資本の論点について少し触れていますが、売上等の変動に応じて、必要運転資金をどのように扱った方が良いのか?は、未だに解消されていない、存在する論点と認識しています。

DCF法は、将来得られるであろうFCFが正しく見積もられていないと、事業価値や株式価値の誤りに繋がります。将来FCFの適切性(ストレートに表現すると「正しさ」)は、将来のキャッシュ残高との整合性から検証することができます。

2.事例

x0期が直近期、x1~x3までの3期分の事業計画を有する以下の事例のCFを検討してみましょう。

x0期のBS情報

  • 現預金:3,000(うち必要運転資金額:2,000)
  • 売上債権:3,000(売上の3ヶ月分)
  • 棚卸資産:1,500(売上原価の2ヶ月分)
  • 仕入債務:1,500(売上原価の2ヶ月分)
  • その他の資産・負債:0

3.将来キャッシュフローの推移

事例を用いて、運転資本増減額を検証してみましょう。


(計算例:A)必要運転資金も売上高・売上原価に連動する前提

x0期からx1期の8.3%(12,000→13,000)の増収予想に伴い、必要運転資金もx0期の2,000からx1期は2,167に増加することになります。売上債権も3,000(x0期)から3,250(x1期)に同様に増加するでしょう。

同様にx3期まで計算すると、上表のようにx3期の最終年度は運転資本が7,083まで増加し、x2期の前年比で833の運転資金が不足すると算出されるでしょう。


(計算例:B)必要運転資金は売上高・売上原価に連動しない前提

(計算例:A)と(計算例:B)で異なる箇所は、必要運転資金のみです。
(計算例:B)では、x0期からx3期まで同額で固定しています。

両計算例の運転資本増減額の差異は、必要運転資金の差異から生じています。


4.将来キャッシュ残高の予想

キャッシュフロー計算書の体裁に合わせ、事業計画に基づいて現預金の将来予測をしてみました。

x0期は余剰現預金1,000と必要運転資金2,000の合計:3,000から検証をスタートします。

売上債権・棚卸資産・仕入債務は対前期比で増減を取っているのはキャッシュフロー計算書と同じです。
各年度では、売上高と売上原価の差分の粗利がキャッシュインしていきますが、運転資本は増加しているので、x1期の250の運転資金不足を踏まえると、現預金の期末残高は5,750が算出されます。同様にx3期末まで計算すると、現預金残高は12,750と予想できます。

さて、将来の必要運転資金を見積もる際の前提として、(計算例:A)「連動する前提」と(計算例:B)「連動しない前提」のどちらに予想される現預金残高は一致しているでしょうか??

5.考察

本稿の将来の運転資本、特に必要運転資金の扱いに関するご意見は色々とあると思いますが、個人的には「(計算例:B)必要運転資金は売上高・売上原価に連動しない前提」の方が将来のキャッシュフローを正しく計算できているように思えます。

必要運転資金まで将来計画に連動させてしまうと、その増減分まで反映させてしまい、いわば運転資本増減額が二重計上されているように計算されているように映ります。事業価値評価の観点からは、将来にあるべきCF予想より少なく算出されていることから、増収を計画している際には、過小評価になってしまう可能性を感じます。

しばし、業績の進展に伴って必要運転資金も増加するのではないか?とご意見を頂くこともあります。この検証結果から、業績の伸展に伴う売上債権他の運転資本構成項目が変動することで、運転資本の変動は既に捉えられています。

 

バリュエーションだから実際のキャッシュの動きと異なっても良いというご見解を耳にすることもありますが、、それで良いのでしょうか??

6.最後に

金融機関での運転資金融資を経験していれば、融資額の適切性の検証の際に「必要運転資金」を計算要素に入れていないことから、ご理解を頂けるのではないでしょうか。

x0期(直近期実績)の必要運転資金につき本件では2ヶ月分の2,000としていますが、実務では財務デューデリジェンス資料から引用できるでしょう。ただ、この検証から厳密に言うと、必要運転資金は「今」ではなく、x0期という財務情報基準日の見込額を用いる方が適切なのでしょう。

また、無形資産価値算定(PPA)の際にもx0期の運転資本を必要運転資金も含んだ5,000と置けば問題は生じません。
M&Aの買収価格検討の際の企業価値評価・ビジネスバリュエーションでは、必要運転資金の2,000を除いた3,000から以後の運転資本増減額の計算を開始しても何ら問題は無いでしょう。