バリュエーションに用いる3つの価値の区別

バリュエーションでは主に3種類の価値の概念があります。事業価値・企業価値・株式価値です。
バリュエーションにあたっては重要な概念であり、異なる意味を持ち、異なる視点に基づく価値です。これらは似て非なるものであり、使う文脈や視点が異なることで、定義や範囲が変わってきます。
当然に、株式の譲渡案件か?事業譲渡案件か?に応じて求める価値も異なるので、バリュエーションの際にはストラクチャーの確認も必須となります。
事業価値・企業価値・株式価値については、上表のようにバランスシート(BS)の構造と対応させると直感的に理解しやすくなります。企業全体の価値(企業価値)は資金提供者である債権者と株主に帰属し、企業価値は負債と株式価値に分解することができます。
事業価値
DCF法を例に取ると、事業価値は企業が営む本業から将来にわたり生み出されるフリーキャッシュフロー(FCF)を加重平均資本コスト(WACC)などの割引率で現在価値に割り引いた、割引後のFCFの総額・合計額として算出される価値を指します。
本業の価値を表すので、事業価値の大小は企業価値の中核となることから、最も重要な価値と考えています。
事業価値は本業に関連する事業用資産が創出するFCFから算出するという構造上、本業に関連するネット運転資本(運転資産-運転負債)や事業用の固定資産なども含まれますが、事業に関連しない遊休資産や余剰現預金などは含まれません。
事業価値を評価するに際しては、FCFは年度ごとに内容をよく確認し、継続的に発生する本業に関連するFCFは織り込む必要があります。裏を返せば、本業に関連しないキャッシュフローに関しては除く必要があります。
損益計算書で営業損益には含まれない営業外収益・費用と扱われている各項目も、その内容に応じてFCFへの反映を検討した方がよいでしょう。
企業価値
企業価値とは、本業が創出するCFに寄与しない資産、すなわち遊休資産や余剰現預金などの非事業用資産(事業外資産)を加えることで算出される価値を指します。
事業価値に非事業用資産を加算して算出するため、企業全体の価値を表します。
- 企業価値=事業価値+非事業用資産
企業全体の価値であるため、債権者と株主のそれぞれの価値の取り分を合算したものに相当し、貸借対照表における総資産と対応させることができます。
事業価値に加算調整する非事業用資産として、余剰現預金や遊休資産、投資有価証券や保険積立金などが挙げられます。非事業用資産については、含み損益を有しているものも多くあります。税効果の有無の検討も必要でしょう。
また、非事業用資産はその場で換金処分の前提に基づいていることから、非事業用資産から創出されるCFがFCFにも考慮されていると、非事業用資産がフロー評価とストック評価で二重計上されていることにも注意が必要です。
株式価値
株式価値とは、企業価値から有利子負債を控除し、株主に帰属する価値を指します。
- 株式価値=企業価値-有利子負債
株式譲渡や新株発行、ストックオプションなどの基礎情報になるのが株式価値になります。M&Aの価格交渉に際しての有用な情報であるため、とても重要な価値です。
本来は、株式価値を把握するために企業価値評価・バリュエーションを実施する事例が多いと思いますが、直接的に株式価値を算出することが困難であるため、事業価値→企業価値の順を追って、最終目標である株式価値を算出することになります。
有利子負債として、借入金やリース債務などが挙げられます。その他運転資本に関連する負債項目はFCFを通じて事業価値に反映されていると考えることができます。
なお、有利子負債については、銀行借入金など負債性に議論の余地が無いものもありますが、会計上の引当金は多少議論の余地があると感じています。加重平均資本コスト(WACC)との関係性からです。
WACCで用いる株主資本と負債の構成割合ですが、一般的には狭義の「有利子負債」額を用いることが多いと思います。引当金を負債として扱うとWACCで使用する負債の概念と異なる点が指摘されます。したがって、引当金などを有利子負債と同様に扱う際には余剰現預金と相殺可能とするなどの条件設定が必要と考えます。
最後に
事業価値・企業価値・株式価値はそれぞれの評価対象や帰属先が異なる独立した概念になります。
M&Aで最も多い株式買収に際しての株価交渉のみならず、FAなどの同チーム内での会話においても用語の認識、理解の齟齬は致命的です。各人が当たり前と考えている「価値」の定義について、チームアップ時やキックオフミーティングなどで確認をしておいても良いかもしれません。
なお、本稿の「事業価値・企業価値・株式価値」の定義は、当社の考え方に拠るものであり、企業・評価人毎に異なる可能性がある点はご留意ください。