修正簿価純資産法(純資産調整/純資産分析)

はじめに

簿価純資産法は、決算書から数値を拾いやすく基礎的な概念も理解しやすい評価手法というイメージがある思います。

しかし、実際に簿価純資産法(修正簿価純資産法も含む)の前提は「清算」に近いことになります。実際のM&Aを考えると「清算」を想定した価値を用いることは、かなり限定的な局面だと思いますがどうでしょうか?

売り手側に立つと、清算と売却の選択が必要な際には有用なこともあるかもしれません。対象会社の事業継続を前提とした価値と、「清算」を前提とした価値の比較が必要な際などです。 

当社でも簿価純資産法は評価手法として正式に採用することは非常に稀です。
他の評価手法と比較するため、または連結時ののれんの概算額の把握が必要な際になどには参考程度に実施することはあります。

利用局面は限られているものの、その概要を知っておくことは有用だと思いますので、以下にて簡単に説明していきます。

時価の概念の説明

修正簿価純資産法で用いられる時価の説明から始めます。

「時価」と聞くととても簡単な概念に思われがちですが、立ち位置によって異なる見方が変わるという特性があります。資産を売却する立場と資産を購入する立場という違いにより、「時価」の概念が異なるからです。


1.正味売却価格(清算処分時価純資産法)

正味売却価格は資産を売却したときに最終的に手元に残る金額を時価とする考え方です。
手元に残る金額を時価と仮定するので、第三者への販売価格から販売に関しての諸経費を控除して計算します。なお、販売に関しての諸経費を広く捉えると、販促費や広告費・運賃など売却するため要するコストなどが該当します。可能な限り考慮した方が良いと思いますが、何を諸経費に含めるか?そして、その金額は今いくらか?などの論点が生じます。

簿価よりも時価が下がっている資産は評価損として、簿価に対して第三者に販売する金額が上昇している場合には、評価益で簿価純資産が修正されます。評価損益に対する課税関係の検討についても注意が必要です。

評価基準日時点で実際に売却することはないので、売却価格と諸経費をどのようにいくら仮定するかは、実はそれほど簡単ではないかもしれません。

2.再調達価格(再調達時価純資産法)

再調達価格はある資産と同じ機能や性能を持ち合わせたものを新たに取得した場合に必要な価格を時価とする考え方です。
すなわち、現時点で同等のものを新しく買うための価格となります。再調達価格はインフレ状況下では含み益となる場合もあります。

なお、再調達・再構築という前提に立つと、従業員や無形資産などの再調達はどの考えましょうか?再調達もイメージはしやすいもののいくつか論点があります。再調達の際には評価損益に対する課税関係の論点は消えることになります。

 


修正簿価純資産法において実務上は売る価値に重きを置かれるので正味売却価格が用いられることが多いと感じています。

実際は、売却と再構築のいずれの前提・目線に立つ方が良いのでしょうか?クライアントや案件、対象会社の状況に適した前提条件を設定する必要があります。

代表的な検出事項の説明

修正簿価純資産法では、貸借対照表に計上されている資産や負債を中心に調整が行われますが、その中でも代表的な項目として滞留債権や不動産などが挙げられます。

① 滞留債権

売上債権のうち、回収期限を経過しているなど回収が滞っており、回収可能性が低い債権は要検討項目に該当します。

経営破綻や実質的に経営破綻に陥っている債務者に対する売上債権は債務者の有する財産の清算価値に基づいて計算された残余財産と他の債権などの状況などから回収可能額を算出します。

債務の弁済に重大な問題が生じている可能性が高い売上債権は財産内容評価法あるいはキャッシュフロー評価法によって回収可能額が算出されます。

② 滞留在庫

在庫のうち、長期間売れ残って動きがない在庫を滞留在庫といいますが、滞留在庫に関しては時価(正味売却価格など)と簿価を比較検討します。

上述の通り、正味売却価格は販売価格から処分費用(運賃など)を控除して計算されることになりますが、販売価格は長期間売れ残っていることより、値下げをした上で販売される可能性が高いでしょう。

③ 不動産

土地に関しては不動産鑑定評価や路線価、固定資産税評価額などが参考になるでしょう。どこまで厳密にやるかは重要性や必要性に応じて異なりますが、鑑定評価を取るまでもない事例では、市街化区域に所在するのであれば路線価を用いることも可能です。路線価は実勢価格の80%程度とされているので、路線価を0.8で割り返すことで時価を算出することもあります。

建物の場合は、固定資産税評価額でしょうか?時価とは概念が異なる可能性もありますが、鑑定評価を入手しない事例では他に参考となる情報があまり無いのが実情だと思います。

④ その他の資産

その他の資産としては有価証券などがあります。有価証券のうち上場している銘柄に関しては市場価格があるので、その価格を時価として評価します。

非上場会社の有価証券については、その会社の財務諸表などから評価されることも多いと思いますが、重要性などに応じて評価方法をよく検討する必要があると思います。ここで急にDCF法などが登場すると評価アプローチが混在することになります。

⑤ 簿外債務・偶発債務

簿外負債としては、未払残業代や引当金の計上漏れなどが該当します。一方、偶発債務は係争問題や環境問題などの会社にとって重要な影響を与える債務で保証債務や損害賠償金、アスベストなどの解体費用などが該当します。

債務の計上が漏れている際には、追加での債務計上を検討する必要があります。

最後に

修正簿価純資産法は、客観的に入手可能な情報に基づいて比較的容易に評価額を算出できると理解されていることでしょう。
有価証券や土地などは入手した時価情報に基づいて評価され、簿外になっている債務なども追加計上します。計算方法は簡単で比較的入手しやすい情報も多くあると思います。

一見すると複雑ではないように見えますが、時価の捉え方や評価基準日時点で入手が容易ではない情報も存在します。客観性に優れていると言われているものの、簿価に対する修正が行われる項目と金額が多いほど客観性は失われていくという特性も有しています。

また、コストアプローチはストック概念なので、各項目についてフロー概念との混在をどの程度許容するか否かも考える必要があり、実は個人的にはとても論点の多い評価手法であるものの、利用局面は相当程度限定的であると感じています。

「清算」「再調達(再構築)」という前提が成り立つ場面がそう多くはないことも手法の限定採用の最大の理由ではないでしょうか。