のれん及び識別可能無形資産の評価の概要
2024年7月に、監査事務所の監査の品質の確保・向上を図る観点から、「監査事務所検査結果事例集(令和6年事務年度版)」(以下、事例集と記載)が公表されました。
監査現場で生じる様々な課題と対応ポイントが取りまとめられておりますが、企業サイドの観点でも有用な情報が多く、価値評価に関連する項目としては、「のれん及び識別可能無形資産の評価」として以下3つの事例が紹介されています。
- のれんの償却期間の検討
- のれんの減損の検討
- 識別可能な無形資産の検討
価値評価では最終的な算定結果はもちろん重要ですが、のれんや識別可能な無形資産の評価といった会計的な論点整理・事後フォローがM&A実行に際しての重要事項と思います。
これらの項目は企業の財務諸表に大きな影響を与えますが、経営者の見積もりや判断に依存するため1つの正解がなく、また適切な検討を行うためには高い専門性が求められるため難易度が高い項目です。ただし、M&Aを推進する上では避けては通れない論点でもあるため、少なくとも概要は理解しておくことが望まれます。
本記事では、のれんと無形資産の評価に関する実務での留意点と具体的な事例を交えながら、紹介していきます。
1.のれんの償却期間の検討
- 事例集で紹介された事例
ある企業がのれんの償却期間を5年と設定し、監査チームは、「20年以内であることをもって妥当とする」判断をしましたが、のれんの効果が及ぶ期間や投資の回収期間に関する検討が不足しており、のれんの償却期間の妥当性について検討していませんでした。
のれんの償却期間は、企業結合の効果が続く期間を基に合理的に見積もる、又は投資回収期間を参考にして見積もりますが、監査チームはこれらを十分に考慮して償却期間の妥当性を検討する必要があります。
- 実務上のポイント
IFRSを採用していない限り、のれんの償却期間は償却額としてPLにダイレクトに影響します。
償却期間を長く取るほど毎年の償却費は小さくなりますが、M&Aは不確実性を伴うことからも長期間の見積もりは一般的には困難であるため、のれん償却期間を長くして良いことの妥当性を立証する難易度は増す傾向にあります。
実務上は立証のしやすい投資回収期間を参考に決定するケースが多くみられます。M&Aの実行は投資委員会・経営会議・取締役会等の相応の会議体で決議がなされることが多いため、投資実行決議時の添付資料(対象会社の業績・投資額・投資回収期間等を記載した資料)と整合するように償却期間を決定することも重要です。
2.のれんの減損の検討
- 事例集で紹介された事例
事例①:
ある企業の連結子会社は、のれん償却後の営業損益がマイナスになったものの、2期連続の営業損失ではないとして、減損の兆候がないと判断しました。
監査チームは、株式取得時の事業計画と実績との比較を行わず、減損の兆候の有無を十分に検討していませんでした。
事例②:
IFRSに従い、のれんに対して減損テストを実施し、使用価値が帳簿金額を上回るため、減損損失は認識しませんでした。
監査チームは売上成長率以外の重要な仮定の合理性を検討しておらず、経営者の仮定の妥当性を十分に評価していませんでした。
のれんの減損については、営業損益の変動以外にも、各種指標や仮定の合理性の検証が必要となります。
- 実務上のポイント
のれんの減損を検討する際には、投資実行決定時の事業計画と買収後の実績を比較して判断します。言い換えると、ある程度の利益が出ていたとしても、純資産価値よりも高い金額で買収を行っているため、当初の期待通りの業績を達成している必要があります。
例えばDCF法で買収価額を算定する場合には、DCF法での価値算定に用いた事業計画(時点修正後)をのれんの減損の判断に用いることが考えられます。
経営者として、経営状態を回復させるために様々な施策を打って業績改善を図りますが、その改善計画は(業績が悪化している企業であればなおさら)不確実性が伴います。
監査人側が計画を詳細かつ合理的に判断することは様々な制約から困難であるため、監査現場では、過去業績や足元の状況を参考にしつつ、ストレステストという手法を用いて未達可能性を加味して保守的に検証する場合があります。いずれにせよ、業績低迷時にのれんの減損をしない場合には、改善可能性について高い精度の立証が必要です。
3.識別可能な無形資産の検討
- 事例集で紹介された事例
事例①:
無形資産の評価について、外部の専門家による報告書では顧客関連資産のみが識別され、評価額が僅少とされたため、連結財務諸表には顧客関連資産を企業側は計上しませんでした。監査チームは専門家の評価方法や情報に基づく識別について十分に理解していませんでした。
識別可能な無形資産の評価においては、外部専門家の評価方法や使用された情報の理解が不可欠です。評価報告書が適切であるかを確認し、専門家のアプローチが正当かどうかを検証する必要があります。
- 実務上のポイント
無形資産の評価については、何を目的にM&Aを実行したかの理解が不可欠です。無形資産の対象は「契約その他法律上の権利等、分離して譲渡可能なもの」であり、その種類は多岐にわたります(詳細は弊社の無形資産に関する別コラムを是非ご一読参照ください)。
なお、日本基準とIFRSで基準上の文言の違いはあれど、認識要件は同様と理解しています。
無形資産も償却されて費用化されるという点ではのれんと変わりないのですが、償却期間については無形資産の種類ごとに決定する必要があり、その償却期間がのれんと異なる期間となる場合には、PL影響も発生します。
BS上も、何を目的に買収したかがBSに表現される結果となりますので、無形資産の評価・検証を適切に行ったかどうかで財務諸表に与える影響と投資家へのメッセージが変わります。
結果として、無形資産を識別しないことになったとしても、「なぜ識別しなくて良いか」の検証過程を残し、監査人に提出することも近年では特に重要となっています。
まとめ
のれんや識別可能な無形資産の評価を行う際には、適切な償却期間の設定や減損の兆候の確認、識別可能な無形資産の評価方法の理解等、様々な専門的な能力や知見・経験が求められます。
M&Aに伴って発生するため、監査法人を含むステイクホルダーの関心も高いため、必要に応じてM&Aや経験豊富な専門家による対応が望まれます。
本記事が読者の皆様の理解に少しでもお役に立てば幸いです。