カーブアウトM&Aとバリュエーション

カーブアウトM&Aの特徴と留意点の概要

カーブアウトM&Aは大きく「①特定の会社の譲渡」、「②特定の事業(資産・負債)の譲渡」の2つに分かれます。詳細は順次解説しますが、特徴と留意点は似ており、概要は以下の通りです。

  1. 財務情報とバリュエーション
    カーブアウトM&Aでは、売り手企業側において、対象事業に係る財務諸表や事業計画が十分・適切に作成されていないことが少なくありません。この傾向は、売却単位が小さくなるほど顕著であり、例えば特定の地域や特定の製品に関する事業領域のみを事業売却(カーブアウト)する場合は、M&A実行に向けて、事業実態に応じた財務情報と事業計画を用意する必要があります。

    買い手サイドとしては、M&Aを実行する際に、対象事業に係る業績・財政状態と事業計画を適切に把握することが必要であるため、対象事業の財務情報と事業計画を適切に作成できるかがM&Aの実行とバリュエーションに大きな影響を与えます。

  2. 法務・知的財産
    カーブアウト対象事業が利用している契約や知的財産は、売り手企業そのものが保有していることも多く、譲渡前後で契約や知的財産権の移転が必要になることがあります。対象事業に係る法務・知的財産の保有や移転に関する論点を詳細に洗い出すことが必要です。
  3. 従業員
    従業員の取り扱いが論点になることは通常のM&Aと同じですが、特有の問題として、他事業と兼務している従業員の取り扱い、出向者の取り扱い、事業譲渡においては従業員の同意など、カーブアウト対象外の事業が継続できるか否か(売り手サイドの課題)の論点が想定されます。

  4. システム・シェアードサービス
    対象事業が企業グループのシステム・シェアードサービスを利用している場合、買収後は当該サービスの提供を(基本的には)受けられなくなることを考慮することがあります。

カーブアウトM&Aに関するバリュエーションの留意事項

上記の通り、カーブアウトM&Aは特有の論点があるため、各論点における詳細な内容や方針を丁寧に数値化して、バリュエーションにも反映する必要があります。

以下では、代表的な事例の内容とバリュエーション上の取り扱いを紹介します。

事業・部門のカーブアウトに関する論点

  • 取引対象範囲(カーブアウト範囲)の整理

売却対象の事業・会社について、他事業や会社全体と共用しているサービスや、親会社に対する資産・負債については、どこまでを譲渡対象範囲とするかが論点となります。
M&A実行後の事業継続のために必要な機能や資産を売却対象範囲に含めることになりますが、対象事業の財務諸表数値が変わり、バリュエーションに影響を及ぼすことがあります。例えば、他事業と共用している工場がある場合に、工場の土地と建物を売却対象に含めるか否かで、BSとPLの構造は変化します(土地建物を譲渡BSに含めるか否か、賃貸借契約を前提としてPLを作るか)。
カーブアウト財務諸表を価値評価の発射台としつつ、詳細な調査による買収対象範囲の拡充・除外については詳細に把握し、適切な事業計画などを通して考慮する必要があります。

  • 費用構造の詳細整理

カーブアウト対象事業のPL費用について、会社全体の費用を直課・配賦されている場合には、直課・配賦の前提を把握することが重要です。
直課費用については買収対象範囲に含められるため大きな問題となることは少ないですが、配賦費用に分類される買収対象に含められていない間接部門の人件費や間接費用は論点となる傾向にあります。
バリュエーションでは、事業継続を前提とした将来計画を基礎に作業を進める必要があるため、費用構造の内、特に配賦費用の計算前提がM&A実行後の実態と整合しているか否か、整合していない場合には事業計画を修正する必要が無いかなどの詳細な検証が必要です。

  • 必要運転資金

事業譲渡に関する評価では、必要運転資金の金額が論点になることがあります。
DCF法で算出される価値には、理論的には必要運転資金の価値も含まれており、譲渡対象資産に必要運転資金などの現金預金が含まれているか否かによって、明確に事業価値が変わるからです。買い手と売り手間で明示的に決定されずらい見積もりの項目につき、評価上のみならず価格交渉上の論点になりやすいと思います。
すなわち、現預金が譲渡対象資産に全く含まれていない場合には、買い手は必要運転資金相当額を事業価値から減額すべく交渉を行うことも実務上行われています。

  • 税効果

事業譲渡で発生する税効果の扱いについても論点となる傾向があります。
事業譲渡の際にのれんが計上されると、税務上の資産調整勘定の償却に伴う節税効果が得られ、その現在価値を加算するものです。買い手企業の税務ポジションに左右されることや節税効果の現在価値まで含んで買収価格を決定してよいか?などの問題点があるため、買い手サイドとしても加算に際しては慎重な検討と判断が必要となります。
逆に売り手サイドから節税効果を主張し、売却価格のバリューアップを狙うこともありますが、最終的には交渉ごとになると考えています。

グループ離脱に関する論点(スタンドアローン・イシュー)

カーブアウトM&Aによりグループ離脱する際には、事業を継続するための前提が大きく変わる可能性があります。

  • 本社費用・シェアードサービス

経理・人事・法務・情報システムといった間接部門業務等について、売却対象事業が単独で有していない(グループ他社のサービスに依存している場合)には、買収対象には含まれていないことから、以下の点を考慮をする必要があります。

該当のサービスについて、合理的な対価が対象事業のPLに計上されているか?
➡されていない場合には、追加コストの検討が必要

該当のサービスについて、合理的な対価がPLに計上されていたとしても、従業員の移転、増員やシステム移管等の必要ないか?必要ある場合には追加投資が必要か?
➡該当のサービスを継続して受けるための追加コストの検討が必要

  • 取引条件

対象事業が売り手グループに属していたことにより、取引条件が優遇されている場合があります。
この場合、グループ離脱後には取引条件変更が必要となる可能性が想定されるため、特に主要な取引については確認が必要となることがあります。

  1. グループ集中購買により、材料・部材の購入単価を安く抑えられていた
  2. グループの信用や企業規模を前提に、決済サイトが優遇されていた

該当する際には、取引条件の変更可能性や費用の変動額、FCFに影響を及ぼす将来の運転資本計算に使用する回転期間の変更可能性を検討することになります。

  • システムの利用

売り手グループにて保有・契約するシステムを対象事業が使用している場合、M&A実行後には利用を継続できなくなる可能性があります。実務上は、TSA(Transaction Service Agreement)を締結して、M&A実行後の一定期間、システム移管が完了するまで事業継続に支障が無いように対処すると思いますが、当該費用やシステム移管コストについては、事業計画やバリュエーションにて考慮する必要があります。

まとめ

カーブアウトM&Aについては、グループ離脱に伴うスタンドアローンイシューや、特定事業・会社の切り出しによるカーブアウトイシューが発生するため、特有の難しさがあり、専門家の起用も多い分野です。

本記事が少しでも読者の皆様の役に立ち、上記の論点について適切にバリュエーションに反映されることで、M&Aが成功裏に実行されることの一助となれば幸いです。