無形資産に関する監査手続の概要
識別・測定された無形資産に関する会計処理を適切に行うためには、例えば、以下に挙げる高度な専門知識が必要になるため、一般的には買収企業は外部の評価専門機関に依頼して「無形資産価値算定報告書」を取得してPPAを実施します。
- 識別すべき無形資産の特定
- 無形資産の価値評価
- M&Aディールに関する基礎理解 等
会計監査人はPPA、なかでも無形資産の監査手続にあたって、「無形資産価値算定報告書」を入手し、無形資産の識別・評価が適切に実施されているかを検証します。
実際には、買収企業を担当する監査チームメンバーに無形資産のレビューを適切に実施できる人材がアサインされていることは稀であるため、会計監査人またはそのメンバーファーム等に帰属する内部専門家(価値評価の専門家)にレビューを依頼して、M&Aディールにおける無形資産の識別・測定が適切に行われていることを報告書のレビュー等を通じて確認する流れが一般的です。
監査手続の具体的内容
内部専門家によるレビュー手続は、大きく3つの手続(①Q&Aリストや経営者に対するヒアリングを通じた概要理解、②識別根拠の確認、③測定・評価方法の検証・再計算)により構成されます。
手続① ~概要の理解
監査チームに登用された内部専門家は、一般的にはExcelベースでQ&Aリストなどを作成し、買収企業から情報を入手すると共に、ヒアリングセッションを開催して、必要な情報を入手します。具体的な質問事項は例えば以下の通りです。
例:Q&Aリスト
項目 | 概要 |
M&Aの目的の理解 |
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簿価と時価の差額(無形資産以外の動産・有形資産の時価評価) |
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識別した無形資産の具体的な内容 |
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無形資産の識別の根拠 |
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識別した無形資産の償却期間の確認 |
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識別した無形資産の評価・測定の方法 |
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のれんの償却期間 |
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必要に応じて質問や経営者に対するヒアリング等を実施して、監査レビューの妥当性検証のために情報を肉付けしていくことになります。Q&Aリスト等で得た情報を参考にしつつ、内部専門家も含めた具体的な検証手続が実施されます。
手続② ~無形資産の識別根拠の検証
無形資産は、財務諸表において買収前には認識されていなかった顧客リスト等の将来収益を生む可能性を秘めた資産であり、M&Aの実行根拠の1つであると共に、無形資産の識別・評価次第でのれんの金額も変動するため、識別根拠を検証することは重要な手続です。
「手続① ~概要の理解」でPPAや無形資産に関する情報を収集をし、識別された無形資産について、契約・法律上の権利や分離可能性という識別要件を満たしているか否かを検証します。また、無形資産の識別は、金額的な重要性以前に網羅性も重要なポイントとなります。
そのため、網羅性の確認手続としては、例えば以下の手続を通じて検証が行われます。
- M&Aの目的やシナジー効果の理解を通じて、目的やシナジー効果に合致するような無形資産が識別されているか確認する
- 対象企業の技術的優位性の有無、ブランド力の有無などの定性的な側面を確認
- 無形資産の例示リスト、一覧表(IFRSなど)を利用して、認識されていない無形資産について、理由を把握
手続③ ~評価・測定の検証
識別された無形資産は、無形資産ごとに所定の前提条件を基礎とした定量的な価値評価が実施されます。
評価のアプローチは大きく3つに区分されますが、レビューでは選択された評価アプローチや評価手法が識別された無形資産の特性と合致しているか否かも検証します。
- インカムアプローチ
- コストアプローチ
- マーケットアプローチ
無形資産の評価に最も多く採用されるインカムアプローチについては、以下の内容について検証が行われます。
- IRR(内部収益率)、WACC(加重平均資本コスト)、WARA(加重平均資産収益率)の整合性と各係数算出の前提条件
- 想定耐用年数の推計の根拠
- TAB(無形資産の償却に係る節税効果)の内容
- 各無形資産特有の考慮事項の反映状況 など
また、無形資産の代表例の一つである「顧客関連無形資産」の評価の際に採用されることの多いインカムアプローチ(超過収益法)では、以下のような特有の論点があります。
- 評価基準日に存在する既存顧客から創出される将来の見込収益に基づいて行うため、評価基準日後の新規顧客の扱いの是非
- 既存顧客の減少率の推計方法とその推計の範囲、顧客区分など
- キャピタルチャージの推計(※)
(※)キャピタルチャージとは、超過収益法で用いられる無形資産以外の貢献資産の寄与分であり、無形資産を利用して得られる収益から、人的資産等の事業運営に必要な各種資産の利用コストを差し引くという考え方です。
最後に
のれんや無形資産は、多額になることも多く、投資家の関心も高まりつつあります。ただ、見積もりに基づいて行われる会計処理であるため、不確定要素も多いことも相俟って、投資家に対するM&Aの成果の伝達や実施目的、案件の定量面などのメッセージが誤って伝わりかねません。
昨今、M&Aは企業にとって重要な戦略と位置付けられ、金額的にも巨大化、その内容も複雑化しつつあることから、会計監査人も内部専門家を登用する傾向にあります。対する買収企業(=無形資産・PPAの実施企業)は、外部の各種専門家を利用してテクニカルな箇所は、内外の専門家同士で論点整理させた方が、企業側の負担も軽減できると感じています。
本記事が、PPAに関わる皆様にとって少しでもお役に立てば幸いです。