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識別した無形資産の「評価」

無形資産「識別」後のPPA

無形資産の評価は大きく分けて「識別」と「測定」フェーズに分けられます。

無形資産の評価は買収会社の財務諸表に与える影響が大きいため、M&Aクロージング前から価値評価の一環で初期検討が行われる場合も少なくありません。

ただし、クロージング前では買収金額や買収可能性も不透明であることから、具体的な「識別」と「評価」手続はクロージング後に行われます。前回のブログでは「識別」にフォーカスしたので、本稿では続く「評価(測定と表現されることもあります)」について、その内容を概説します。

識別された無形資産の公正価値評価

無形資産の評価(測定)プロセスにおいては、識別した無形資産ごとに定量的な価値評価を実施するために、前提条件の設定や測定手法の選択を行いながら進めることになります。

評価の前提条件や分析項目としては、例えば以下の項目があげられます。

  1. 事業計画の分析
    • 無形資産の価値評価に使用する事業計画を特定します。事業計画にシナジーが含まれている場合には、その内容や金額を分析し、必要に応じて事業計画の内容を修正します。
    • 原則的には、取得時の買収価格検討の際のバリュエーションに使用した事業計画を用いますが、最近では多少修正が施された修正事業計画を用いる事例も散見されます。
  2. IRR(内部収益率)、WACC(加重平均資本コスト)、WARA(加重平均資産収益率)の比較分析
    • IRR分析では、実際の取得価格と上記で分析した事業計画を用います。
    • WACCは、買収日時点の数値を算出します。
    • WARAは、無形資産・のれんも含む評価対象企業が有する全資産の収益率を算出します。
    • 3指標のバランスが重要であり、例えばIRRがWACCに対して大幅に低い、または高い場合には、その原因を探る必要があります。
  3. 経済的耐用年数(償却期間・想定耐用年数)
    • 評価された無形資産の償却年数の参考値として、計算します。例えば特定の技術関連無形資産が計上される際には、その技術が効果を発揮できる年数などを参考とします。
    • 顧客関連無形資産では、評価モデルから理論的な想定耐用年数を算出することもあります。
  4. 無形資産の償却に係る節税効果
    • 無形資産の価値算定で使用するインカムアプローチでは、税引後の将来キャッシュフローを使用します。割引率も税引後の概念なので、割引現在価値合計として算出された価値は、税引後の価値となります。そこで、無形資産の償却節税額を考慮することで対応します。
    • 評価する無形資産の種類に応じて償却期間の年数を変える、または変えないという論点が存在する箇所です。

また、評価方法としては、以下3つの手法を単独又は組み合わせにより選択して実施します。

  1. インカムアプローチ
    • 超過収益法、ロイヤルティ免除法などがあり、評価する無形資産の特性に応じて選択します。無形資産の特性のみならず、主要な無形資産であるか否かなども評価手法の選択の際には考慮する必要があります。
  2. マーケットアプローチ
    • 実務上あまり目にする機会はありませんが、取引事例が存在する無形資産や適する売買事例が存在する際には、マーケットアプローチの採用も可能となります。
  3. コストアプローチ
    • 複製原価法や再調達原価法などがあります。
    • PPAでは、ほぼ必ず検討される「人的資産」の評価の際に用いられます。その他ソフトウェアなどの評価などに採用される場合もありますが、実際の採用はかなり限定的になると思います。

無形資産の評価方法に関しては、当社コラム「PPAとは何か?(基礎編)」も併せてご覧ください。

会計処理と監査人による監査

PPAはM&Aのクロージング後に行われる会計処理ですが、一般的には高度な会計処理になるため、監査法人による厳格な監査を受けることになります。無形資産に関する監査・レビューは、監査法人内のPPA(主には無形資産の価値算定)に関する内部専門家が担当することが多くあります。

監査対象会社が外部の評価専門機関から入手した「無形資産価値算定報告書」がその対象となります。

監査法人がこの報告書を入手し、監査法人内で内部専門家のレビューに回し、適切に分析・評価などが実施されているかを検討するというステップが踏まれます。

このように貴社担当の監査チームのみならず、評価の専門家も含めた複数の関係者がチェックを行うことで、無形資産価値・PPAに関する会計処理の妥当性検証が行われています。

※補足

会計処理の簡単な概要は以下の通りです。

M&Aのクロージング後において、買い手企業はM&Aの取得価格を取得した資産及び負債の金額に配分し、配分しきれなかった取得価格の残余金額について、無形資産を評価し、のれん金額を確定させる処理が必要になります(負ののれんが認識される場合もあります)。

無形資産ものれんも、少なくとも日本基準においては償却を通じて費用化されることに変わりはありませんが、償却期間が異なる場合もあることから、将来の損益に影響を与えることになります。

この点、特に無形資産の価値評価は個別具体的かつ明確な会計基準が存在していません。そこで、買収企業と評価の専門家が見積もりをもって算定することになります。評価は、見積もりの性質の強い領域であることから、監査・レビュー手続きも時間と労力を要することになります。

開示-IR

M&Aに関する情報は、有価証券報告書の企業結合欄に記載されます。PPA関連では、企業結合の概要及び取得原価、のれんに関する開示、無形資産に関する開示を記載することになり、記載項目には無形資産ごとの内訳や、各無形資産の償却期間を含みます。

この開示情報は、外部投資家にM&Aの実施意図・狙いを数値をもって伝える役割を担っているため、重要性は高いと感じています。

おわりに

本稿では、無形資産の「識別」以後の「評価(測定)」を概説させていただきました。

M&A実行時には超過収益力やシナジー効果等を見込んで、対象会社の財務諸表数値以上の金額をもって買収されることも多いですが、PPAはその買収差額の内容を明らかにする役割を担います。識別・評価(測定)は、多くの見積もりや分析が必要であり、評価に係る高度な専門性が必要です。その妥当性の検証として、監査人による厳格なチェックを経て、市場への情報伝達というステップが待っています。
ひいてはPPAを通じて、市場に対して経営層が狙ったM&Aの意図を適切に伝達することになります。

本コラムが、読者の皆様におけるM&A実行とPPAの関係に関する理解向上に少しでもお役に立てば幸いです。