必要最低現預金とバリュエーション

必要最低現預金とは?

必要最低現預金とは、事業を継続的に運営する上で、最低限手元に残しておくべき現預金の水準を言います。

事業運営上必要な現預金や必要運転資金と表現されることもあり、現預金全額から必要最低現預金を控除した残額は「余剰現預金」「非事業用現預金」として事業価値に加算されます。
シンプルな概念とも言えますが、直接的に企業価値・株式価値を増減させる項目・要素なので、実は価格交渉上論点となる事が多くあります。

事業内容によっては、売上による入金日が、仕入や人件費の支払日より遅れてやってくるため、現預金を常に手元に保持する必要があります(以下の3つの事例など)。

  • 債権の回収サイトが債務の支払サイトより長い
  • 製商品在庫型のビジネスであるため、在庫の入荷~完成・販売までのリードタイム期間は現預金の入金がない(売上がない)
  • (前受金のない)受託型のビジネスであるため、サービス提供が完了するまで代金の回収がない

最低限保持する必要があるということは、現預金を保有していても自由に使える額は限られていることを意味するため、バリュエーションに影響を及ぼすこととなります。

必要最低現預金とバリュエーションの関係性

M&A時のバリュエーションにはネットデット(純有利子負債)の検討が必要になります。ネットデットは、借入金や社債等の有利子負債から、現預金を差し引くことで算出します。

この際に、上述の通りネットデットで差し引いた現預金の内、必要最低現預金に相当する分は自由に使えるお金ではないため、有利子負債から控除すべきではありません。

また、DCF法で算出される事業価値には概念上、必要最低現預金は含まれていると考えられています。そのため、現預金全額をネットデットしてしまうと、必要最低現預金が二重に加算されてしまいます。
特に、カーブアウトの事業価値評価の際には、必要最低現預金の扱いやその金額の是非が論点となることが多くあります。

ただ、必要最低現預金は決算書上で明記されているわけではありません。分析には財務とビジネスの十分な理解が必要であり、通常は財務デューデリジェンスを通じて確認することが一般的です。

必要最低現預金の算出の実務

それでは、実務での必要最低現預金の検討方法の一例を簡単に解説します。

検討方法① 対象会社にヒアリングを行う

様々な分析方法がありますが、買収対象会社に事業上で必要となる最低現預金の水準をヒアリングすることが多くあります。

業種や構築している商流によって運転資本の構成要素と水準感が異なるため、資金構造も併せて確認することが適当な必要最低現預金の水準感を把握するためには必要です。ただし、売却企業は売却価格を最大化したいインセンティブが働き、実際には必要最低現預金を低く見積もる、または無い、と回答する場合もあります。

買収対象会社の回答を鵜呑みにするわけにはいきませんので、ヒアリング内容を踏まえ、必要最低現預金や運転資金の構造を分析・理解することも必要になります。

財務分析を実施し、売上高などの水準感と比較することも有用と考えます。一概には言い切れませんが売上高の1~3ヵ月分前後が標準的な水準感といった印象です。

検討方法② 債権債務の決済サイトを確認する

必要最低現預金は、運転資本の動きの裏返しであることが通常です。買収対象会社の運転資本である主要債権債務がどの決済サイトで動いているかを詳細な財務分析を通じて把握することは、必要最低現預金の水準感やそもそもの運転資本(将来の増減額)の構造を把握することに役立ちます。

また、棚卸資産の回転期間の分析も必要となります。支払日と入金日の差異は、その決済サイトのみならず、棚卸資産として保有している期間(リードタイム)が大きく影響を及ぼすことになります。

製造業であれば、貸借対照表上は棚卸資産として明確に計上されますが、例えば受託型ビジネスや建設業ではサービス提供期間が財務諸表に現れない場合があります。買収対象会社によって状況が異なりますので、案件の内容に応じて分析軸を修正することが重要となります。

検討方法③ 資金繰り表を分析する

資金繰り表から現預金の日次推移を把握し、その推移から推察することもあります。この分析は、主に財務デューデリジェンスなどで実施されることが多く、価値評価の際には財務デューデリジェンス報告書の該当箇所を参考とすることがあります。

基準日などを設定し、その基準日から例えば以下の項目を確認することにより、現預金をどの程度保持しておけば、日常の支出に備えられるかを確認できます。

  • 入金と支出がどのようなタイミングで発生するか
  • 入金と支出に季節性はないか
  • 賞与などがある場合には、原資としてどの程度現預金を確保しておくべきか

スーパーやコンビニ等の現金販売が多い小売業、現金を受け取る飲食や美容院等の店舗型ビジネス等を除き、掛け販売で売上を立てるためには、在庫や人員を抱え、前もって支出を行う必要があります。

そうした場合には、現預金を予め準備し、支出に対応する必要があり、その現預金は事業上で拘束されることになるため、必要最低現預金となります。

おわりに

以上、必要最低現預金のバリュエーションとの関係性とその分析方法の一例を紹介しました。必要最低現預金水準が高いほど、価値は減少することになりますが、これは裏を返せば、買収後に運転資本のキャッシュアウト水準を圧縮できれば、買収シナジーとしてバリューアップにつながることを意味します。

単純に考えられる例としては、以下などが想定されます。

  • 同一仕入先が存在する場合には、遅い方の支払日に合わせる
  • 仕入先の統一により取引量を多くすることで、支払サイトを遅くする交渉力を強める
  • 同一販売先が存在する場合には、早い方の回収日に合わせる

この記事の内容が、バリュエーションを行う上で最低現預金が持つ影響を理解することにつながり、M&Aの成果の向上に少しでもお役に立てば幸いです。