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倍率(マルチプル)の調整に関する考察

論点

インカムアプローチによる価値評価に用いられるパラメーターの一つにリスク(リターン)を表す指標として、割引率があります。

また、割引率のリスク要素の一つにサイズプレミアムリスクがあります。
サイズリスクプレミアムは、統計的データを集計しているIbbotson社によると、投資家は小規模企業に対して高いリスクに応じた高い利回りを要求するとの見方があり、評価実務でも概ね同様の概念でサイズリスクプレミアムを取り扱っています。

リスクの具体例は、以下を想定しています。

  • 小規模な企業は大企業に比べて人材や資金の調達が困難である
  • コスト面でのスケールメリットを得られない
  • 商品・サービスの価格決定力、安定した顧客基盤の構築、事業内容・資産構成の多様性が限定されることから、景気変動の影響を受けやすい

あくまで想定ですが、上記の点などについて小規模企業は、いわば不利な点を有しているのではないか、と推察しています。

マーケットアプローチにおいても、上場している大企業は経営的に安定しており、かつ成長が期待される企業群であるがゆえに「倍率が高い」との視点に立つと、上場類似会社から算出された倍率を小規模企業の価値評価に採用する際に、上場類似会社倍率の調整について検討の余地があるのではないか?(すなわち、どの程度の掛け目を上場類似会社倍率に乗じるか?など)といった論点の存在があるように思えます。 

P/E倍率を用いた倍率調整イメージ

インカムアプローチの一つである「配当還元モデル(配当割引モデル)」では、配当見込額と「株主資本コスト-成長率」のキャップレートから株式価値が算出されます。

事業価値の算定プロセスに置き換えると、事業から創出される将来フリーキャッシュフロー(FCF)に「加重平均資本コスト(WACC)-成長率」のキャップレートとなります。将来の経済的便益はキャップレートを用いて投資価値へ変換されます。

「配当還元モデル」の算出式である「株式価値=利益 x(1+成長率)÷(株主資本コスト-成長率)」の両辺を「利益」で除すと、

  • 株式価値 ÷ 利益 =(1+成長率)÷(株主資本コスト-成長率)

となります。

ここで、評価対象会社の財務数値と上場類似会社の「株式価値÷利益」、またはP/E倍率を用いて比較分析を行うにあたり、税率・資本構成割合の水準感に上場類似会社群と評価対象会社で重要な差異がないと仮定すると、「株主資本コスト-成長率」と「P/E倍率」は計算上、凡そ逆数の関係にあることが分かります。

倍率には、主にリスクと成長率などの構成要素が内包されていると推察しています。リスクを企業規模の指標と仮定すると、株主資本コストの推計で使用されるサイズリスクプレミアムとP/E倍率から、以下のように計算することが出来ます。

(計算例)P/E倍率の調整

[a] 対象会社サイズリスクプレミアム(仮定値) 5.0%
[b] 類似会社サイズリスクプレミアム(仮定値) 1.0%
[c] 調整 = [a]-[b] 4.0%
[d] 類似会社 P/E 倍率(所与) x 25.0
[e] Implied Cap Rate = 1 / [d] 4.0%
[f] 調整後 Cap Rate = [c] + [e] 8.0%
調整後 P/E 倍率 = 1 / [f] x12.5

上記の計算例に依ると、評価対象会社の規模が類似会社よりも小規模である場合、類似会社のP/Eは下方に調整されます。

企業規模に係るリスクのみならず、例えば、評価対象会社が新興国に所在し、比較に用いられる上場類似企業が先進国にある場合には、対象会社を取り巻く事業環境が上場類似企業とは異なるというカントリーリスクもあります。

マクロ経済的・政治的・法規制等を含めた地政学的リスクを考慮し、株主資本コストの推計プロセスでカントリーリスクプレミアムを考慮することがありますが、同様の計算方法を用いて、カントリーリスクに応じた調整も可能かもしれません。

一方で、サイズリスクが倍率に及ぼす影響については、そもそも会社の規模自体が直接リスクを表していない、または時価総額区分によって厳密に因果関係が実際にあるのか等も含め、議論があると認識しています。
また、会社規模(及びカントリーリスク)以外の評価対象会社固有のリスク等についても、本来は、対象会社と類似会社間での差異を検討したうえで、採用する倍率を算出する必要があります。

上記の計算例では、規模の違いのみにフォーカスし、倍率調整の一案として取り上げてみました。

また、規模の違いとは別に、類似会社の倍率がキャップレートの逆数である場合、将来の成長率(長期的に安定して続く成長率を主として指します)も要素として含まれますが、同じ業種であっても上場類似会社と対象会社と成長率が異なる場合もあるため、その際にはサイズリスクプレミアムと同様に、成長率の違いを調整することも可能かもしれません。


※当社が企業規模に応じて、類似会社比較法(マルチプル)で倍率調整の実務を採用しているわけではない点にはご留意ください。