· 

ローン(債権)・デット(債券)の時価評価

本稿では、ローン(債権)・デット(債券)の時価評価に影響を及ぼすパラメーターについて触れてみたいと思います。

データの入手可能性に関する区分

上場株式の価格と同様、銀行が保有する債権またはローン、社債ならびにオプションについても、マーケットで取引が行われており取引価格が入手可能なデータとして存在する場合(Bloomberg、Capital IQ、Markit、S&P LCDなどのデータベースからデータの入手が容易に可能な場合)、実際の取引価格はレベル1インプット(USGAAP ASC820 / IFRS 13のFair Value Measurementのガイドラインにおける)として最も客観性、信頼性が高い公正価格として利用できることになります。

その一方で、マーケットにおける取引事例の情報が存在しない、または流動性が非常に低い場合、対象資産から発生する将来キャッシュフローと割引率を用いて公正価値(USGAAP ASC820 / IFRS 13のFair Value Measurement、US IRS(米国内国歳入庁)Revenue Ruling 59-60のFair Market Valueの定義に基づく)の算定を行うこととなります。

インカム・アプローチによる評価の概要

キャッシュフロー

まず、インカム・アプローチのDCF法で用いるキャッシュフローの測定ですが、ローンの契約上の返済スケジュールに基づいた将来キャッシュフローを算定し、これらを現在価値に割引いた合計がローンの公正価値となります。

契約の返済条件の内容をできる限り定量的にモデルに落とし込み、キャッシュフローを算定することになりますが、四半期毎、半期毎等の定期的、又は満期時一括返済など元本返済のスケジュールに則った将来キャッシュフローをひき、更に契約期間にわたる受取利息を含んだキャッシュフローを算定します。

キャッシュフローへの調整項目としては、過去のデフォルト実績に基づいた貸倒(Expected Loss (EP)= Loss Given Default(LGD) x Probability of Default(PD))、早期返済率、個人向け債権などではサービシングコスト(ローン毎の回収コストやポートフォリオ維持コストなど)、借手に付与されるインセンティブ等がある場合はそのコスト等々、契約内容に応じた内容を反映していきます。

割引率

次に、調整後キャッシュフローに適用する割引率の決定には、以下のような検討項目があげられます。

  1. ローンのオリジネーション時から評価基準日までの間までのマーケット全体の金利水準の変化
  2. 類似性のあるローンの評価基準日におけるマーケットデータから示唆されるイールド水準
  3. 債務者の格付や信用体力の推移
  4. 担保の差し入れの有無や担保資産の資産性、その他ローン毎の性質に応じた調整

これらの検討項目を考慮することとなります。

割引率に関する補足

例えばローンの契約条件がswapレート、libor+スプレッド、となっている場合、簡便的にswapレート、liborのローンのオリジネーション時から評価基準日までの変化を考慮して評価を行うことも可能ですが、その他スプレッド自体の基準日時点における水準の妥当性の検証は、満期までの期間、業種、ストラクチャー等の観点から、類似性のあるローンの取引データから示唆されるイールド等との比較を踏まえ検討することとなります。

入手可能なスプレッドの一例では、個人向け債権など細かく本数が多いローンで証券化されたものが流通市場で主に取引されている場合、買手が要求するスプレッドも割引率の参考情報となります。

その際、証券化債権などでは一般的に売却後もローンの貸し手が一部equity trancheを保有したままとなり、LTV(loan-to-value)のような概念に基づいて、貸出可能金額の上限設定があり、例えば92.5%まで貸出可能となるため、残りの金額7.5%にはエクイティコストを考慮した、加重平均後の割引率を検討するなどして全体のリスクプロファイルに基づいたコスト/リターンを決定します。

また金融機関で企業向けローンを多数保有しており、リスク度合いに応じてローンが区分けして管理されている場合(LGDやPDの階層別に)、社内格付けのマッピングを参考に、入手可能な類似商品の公開情報がある場合はそれらのベンチマークを参考にしながら、リスクに応じた利回りを決定します。例えば米国のS&PのLCD (leveraged-commentary data)データベースでは、ローンのプラシングやイールド(又はスプレッド)が入手可能であり、ここでの格付とスプレッドの対応表も評価の手がかりとなります。

その他、割引率の決定におけるスプレッドの追加プレミアムの加減算調整としては、ローンの流動性、返済遅延の有無、コベナンツ遵守の状況(Debt/EBTIDA比率、インタレスト・カバレッジ・レシオ)、カントリー・リスク・プレミアムなど各ローンの性質を踏まえて、キャッシュフロー、又は割引率のいずれかにリスクプロファイルを反映するため項目の検討を行います。

満期までの期間が非常に短期なローンであったり、マーケットにおける金利水準に動きがない状況下では、会計上の簿価と時価を乖離させる前提条件のセンシティビティがさほどないこととなります。

負債(社債他)評価の概要

負債サイドにおける社債の評価もローン同様、返済予定額とクーポンに基づく利息の支払予定額に基づく将来キャッシュフローを算定し、割引後の合計が公正価値として求められます。債券発行時のクーポンと評価基準日時点の金利(つまり割引率)が同じである場合、発行価格と時価は同じとなります。

債券発行時は、発行条件のクーポンをマーケットが受け入れたこととなるため、クーポンが市場参加者目線と整合的である場合、クーポンと実勢金利は同じとなり、発行価格が時価となり、時価評価を改めて行う必要がありません。

時間の経過と共にマーケットの状況が変化するつれて、発行時の価格との間に乖離が発生することとなり、イールドと債券価格は反比例の関係で推移していきます。

評価上の影響を与えるパラメーターとなる割引率、又は実勢金利(yield to maturity)の決定には、債券発行時と基準日時点の間における

  1. 発行体の格付とその変化
  2. 年限、業種、ストラクチャーの観点から類似性のある社債の利回り水準の変化
  3. 国債、社債含めたマーケット全体のイールドカーブの推移、などの材料

を踏まえ検討します。

また、転換社債などでは通常の社債よりも利息が低く設定される分、代わりに債券保有者へは株式に転換する権利であるオプションが与えられますが、負債項目である債券の元本部分とは別に株主資本項目となるオプション部分の公正価値は、分けて評価することとなります。

オプションの評価は、幾何ブラウン運動(Geometric Brownian Motion)を用いた確率的なプロセスに基づく方法が用いられることもあり、契約上の債券の保有者の株式への転換条件に基づいて(例えば、株価が連続する一定の営業日数において、一定の目標価格以上となる条件を満たした場合に株式への転換が可能となるなど)契約内容をモデルに落とし込み、株価を原資産として、条件を満たすキャッシュフローとなる確率について測定することとなります。

具体的には、ボラティリティを用いて発行体の将来株価を推計し、株価のランダムな動きを作り出して目標株価へ到達する頻度のシミュレーションを行いつつオプション価値を算定します。