2021年3月期以後終了する会計年度から適用が予定されている、監査上の主要な検討事項(KAM)について、株式会社三菱ケミカルホールディングス(三菱ケミカルHD)が、監査人による連結財務諸表の監査の透明性を高める観点から、2019年3月期を対象に、監査上の主要な検討事項に”相当する”事項として、同社のウェブサイトに開示をしています。”相当する”事項ということで、KAMそのものではないのですが、強制適用前の先行事例として参考になると考えられます。
三菱ケミカルHDの事例で挙げられたKAMは以下の4つであり、繰延税金資産の評価を除くすべてが価値評価に関連する項目となっています。1.産業ガス事業の企業結合2.のれんの評価3.耐用年数を確定できない無形資産の評価4.繰延税金資産の評価
なお、三菱ケミカルHDはIFRS適用会社です。
KAMに挙げられたうち、1~3を詳細に見ていきます。
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産業ガス事業の企業結合
三菱ケミカルHDが2018年12月に6,358億円で買収したM&Aに関連して認識を行っている、2,083億円の無形資産と3,104億円ののれんの計上を挙げています。特に主要な無形資産である顧客に係る無形資産の測定時の重要な仮定である、将来の売上収益の予想、既存顧客の減耗率及び割引率に着目して監査が行われたようです。 -
のれんの評価
三菱ケミカルHDは2019年3月末時点で6,488億円ののれん(総資産の11.6%)ののれんを有しており、その評価を2点目の検討事項に挙げています。その中でも、経営者によって承認された5カ年の中期経営計画の見積もり、その後の期間の成長率及び割引率に着目して監査が行われたようです。 -
耐用年数を確定できない無形資産の評価
同社は2019年3月末時点で耐用年数を確定できない無形資産を1,923億円計上しています。そのうち主なものは仕掛研究開発費であり、約1,600億円計上されています。
仕掛研究開発費だけに、規制当局の販売承認の取得の可能性、上市後の販売予想及び割引率を、過去実績や外部データと比較して監査が行われたそうです。
①から③まで、三菱ケミカルHDの規模からみても巨額であり、金額的重要性もさることながら、事業計画の妥当性、顧客減耗率、割引率、販売承認の取得可能性、上市後の販売予想など、客観的にパラメータを決定しづらく、数字を恣意的に操作できる可能性がある項目が重要な仮定となることから、監査法人としてもその質的重要性も勘案してKAMと判断したと考えられます。
三菱ケミカルHD はIFRS適用企業であり、今回の事例と同じような項目が日本基準適用企業でも同様にKAMになるかはわかりません。しかし、日本基準に基づく財務諸表作成においても、価値評価は近年ますます重要性が上がっている項目だと思いますので、多くの企業で価値評価に関する論点がKAMに挙げられると推測しております。